ブライアン・イーノ

環境音楽

この前、ちょっと話に出た環境音楽のイーノ。映像作品も作っているそうで、先生が菅野先生 からDVDを借りてきてくれました。そのDVDに 付いてる解説書がとても面白くて、みんなにも読んで欲しかったので、3時間かけて全文かきおこしました!
すげー長いけど、ビスケットと紅茶を用意して、イーノの曲を聴きながら、じっくり読んでく ださいませ。特に後半面白くなります。

 

ブライアン・イーノへのインタビューからの抜粋

「私はテレビを物語を伝えるメディアとしてではなく、視覚メディアとして、とらえていま す。絵画が絵の具を構成する方法であるのと同じように、私にとってビデオとは光を構成する1つの手段なのです。我々が目にするのは、様々な形の単純な光の パターンです。アーティストにとって、ビデオは人類が発明した最高の光器官でしょう。」

私が最初のビデオで作業したのは70年 代後半で、絵を書くのと同じような意味でビデオを使いました。ドラマや物語、あるいは通常ビデオと関連づけられるものよりも、その背景や劇場・映画との関 係性から、私はビデオを絵や絵を描くものと関連づけたいと思い、例えば景色や、私の場合当時住んでいたマンハッタンの空の景色のように、非常に長くゆっく りとした、変化を観察した作品を作り始めたのです。」

「存在のある特定のタイプ、または環境のある特定のタイプの可能性を認識すると、その環境 の様相を選び育てる傾向にあることから、すぐにその環境を創ることになります。人間においては、我々の世界をパターン付けするのもが、我々の世界の認識だ と言えるでしょう。これについては非常に明快な例を挙げることができます。私は、以前より、その様々な異常さから、ニューヨークを受け入れがたく思ってい ました。その問題に対しての私の解決法は「高い場所に避難すること」だったのです。私のアパートメントの殆どはビルの最上階にありましたから。」

「ニューヨークはストリートレベルでは混沌とした街ですが、スカイレベルでは世界でも類を 見ないほど美しく広大で素敵な街で、その景色は非常に興味深いものです。実際、空だけを見ていると、ニューヨークはとてものんびりとした街です。スカイラ イン(空の輪郭)は大きく、巨大な入道雲がゆっくりと空を横切るのが見ることもできます。」

「年が明けて最初に晴れた土曜日でしたが、チャイナタウンを歩いていると、曲がり角のとこ ろで誰かがケバブを焼いているのが見えました。焼けた肉の匂いが広がっていました。小人が一人、銀行のガラス窓に漢字で何か書いていました。道ばたでは人 々がありとあらゆる物を売っていて、その時私は「私たちは暗黒時代にいるのだ」と思ったのです。それ以来、その感覚は私の中にずっと残っています。それ以 来、ニューヨークを大いに楽しんでいます。暗黒時代に生きているという発想を、私はとても気に入っていたのです。」

「私はますますアメリカを、とてもスリリングでエネルギッシュな中世の文化だと感じるよう になりました。私にとっての中世とは、物事がうまく運び、文化が交錯しながらぶつかりあい、そして雑種物が常に生み出されている場所なのです。」

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「ビデオ・アートと称されるものが全く好きになれなかったことと、テレビをそれほど観な かったため、ビデオに関わることをずいぶん長い間拒否し続けていました。加えて、ビデオアートは私には酷く粗悪にすら見えました。しかしその内、人々が素 材自身がやりたくないことをしようとしているため、粗悪に見えることがわかりました。例えばビデオテープは映画用のフィルムではありません。そのことを受 け入れ、そしてビデオテープにテクスチャがあること、粒子があることを受け入れればいいのです。「キャンバスは光沢のある写真とは違う」というのと同じ で、受け入れることさえできれば、そのテクスチャで作業する事ができるようになります。しかし、人々がビデオ素材の性質を受け入れて作業するようなこと は、それまでありませんでした。」

「トーキング・ヘッズの3枚目のアルバムをレコーディングしていたとき、(私にとっては彼 らと作業する2枚目のアルバムでしたが)、近所で作業していたフォーリナーのローディが「誰かこのビデオカメラを買わないか?」とスタジオにやってきまし た。その時、ビデオカメラを所有していなかったので、彼からそのパナソニック製工業用カメラを買う事にしたのです。それは非常に風変わりな物体で、今でも まだ所有しています。その特に優れた点は、当時のビデオにはオートマチックコントロールがなかったため、自分で設定しなければならなかったことです。実に 色々な事がコントロールできました。そのカメラで本当にめちゃくちゃなことができたのです。実際、リアリスティックなことはほとんどできませんでした が。」

「そのビデオカメラは、私がそれまで使っていたテープレコーダーと同様、かなり特異なもの でした。とても美しいカメラです。そして、私は偶然に、空に向けて4日間カメラを回し続けるという、すばらしい事を思いつき実行しました。そのため管が完 全に壊れてしまいましたが。その後、最高に魅惑的な結果を生み出す事ができたのです。他のカメラではできないような形で、光と色に反応しました。非常にユ ニークなペイントブラシですね。ずいぶんと長い間、そのカメラを使っていました。」

「そのビデオカメラは、非常にわずかな光の量の変化や、光の明るさを、力強い色彩の変化に 変換できるような光感受性のレベルに設定する事ができました。それにより、映像が陽の光の小さな違いを拡大する手段になったのは、音楽でしたら「拡張機」 と呼ばれるところでしょう。起こっている光事象の幅を拡張したのです。」

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ビデオが文字通り、誤って置かれたためにできた垂直フォーマット

「私はそのビデオカメラを家に持ち帰りました。当時私は五番街近くの西八丁目に住んでい て、三脚を所有していませんでしたが、買おうとも思っていませんでした。そのカメラでどうしても撮影したくなったので、カメラの側面を、外を見晴らすよう な格好で窓台に置いたのです。そのため、もちろんテレビも側面を下にして置かなければなりませんでした。そして、これは私にとって、素晴らしい発見だった のです。それはもうテレビに見えず、まるで絵画のようでした。」

「私はずっと座ったままそのテレビを観ていました。画面には窓の外、屋上の上の世界が繰り 広げられており、時折その色を少し変えてみたりしました。私はかねてから、テレビのコントロールで一番重要なのは、色のコントロールだと言っています。つ まり、チャンネルを変えるよりも大きな変化を呈するのです。私は自分の気に入った画像を写し、そして画像が自分自身で記録していくのに任せていました。そ れはとてもおもしろかったのです。私は、私の家に訪ねてくる人々も、ただ座ってテレビを見ている事に気づきました。我々はずっとそこに座り、ほとんど何も 起こらない画面を見つめていました。その時、「これはおもしろい。まるで新しい種類のペインティングのようだ」と思ったのです。」

「その後もずっと、テレビを元の位置には戻しませんでした。テレビを横向きに置く事には、 2つの良い点があります。1つは、テレビが持つ劇場的そして映画的な指標がなくなることです。もしあなたがプロセニアム・アーチ(舞台のアーチ)を目の前 にしていたら、何か物語的なものが始まるのを期待するでしょう。プロセニアム・アーチは、人々の間で何かが始まるのを示唆する形なのです。ポートレイト・ フォーマットと表現されているような形で、テレビを横向きに置いた瞬間、何かが起こる事を全く期待しなくなります。そこに静かに置かれているだけで十分な のです。もう一つ、気づいたのは、それから何年も後になってのことです。同じ事をデジタルビデオでおこなったのですが、テレビのディストネーションである 「スキャンライン(走査線)」が垂直であるとき、それがとても自然に見えるという事に気づいたのです。まるで雨のようでした。とても柔らかい雨が絶えず 降っているように見え、そのため、絵の一部としても受け入れる事ができ、邪魔な感じはしません。」

「このスキャンラインにはとても惹き付けられました。ただ座って眺めている事もありまし た。ある日、ダウンタウンにあるアート・スペース「ザ・キッチン」の人間がやってきて、「ねえ、これをザ・キッチンで展示したら?」と提案しました。私が ビデオカメラを入手してからたった4週間目のことです。私が「そうかなあ」と言うと、彼が「うん、素晴らしいよ」と言うので、これは大変だと思いました。 カメラを手に入れてから1ヶ月もしない内に、突然私はビデオ・アーティストになっていたのです。」

「私が今日までに上映してきたビデオ映像は、私が住んだ数々のアパートメントの窓から撮影 したものです。1つを除いては「バーティカル・スクリーン・フォーマット(カメラを横倒しに撮影す ること)」で撮影しています。「Mistaken Memories of Mediaeval Manhattan(中 世マンハッタンの誤った記憶)」の映像は、マンハッタンの空の風景を写した長い連写画像で、その中で起こっている事については、例えば、流れ行く雲、雨、 煙、はかない光や影、鳥、飛行機など、私が制御できるものでもありません。一番短い映像は3分で、一番長いものは約13分です。まるで伴奏音楽のように、 映像はノスタルジアと希望、それに自分のために静かな場所を作りたいという願望の交錯から生まれました。「何が起こり得たか」という感覚を私の中に想起さ せ、そのため、違った未来へのノスタルジアが生まれたのです。まるで、自分がこの現実(カメラが向けられているもの)から、他の現実の種子を引き出してい るようです。これが重要性の方向の転換です。他の現実の種子に注目することで、それがはぐくみ育てられるため、現実をもつものと認識された存在に見えるよ うになるのです。」

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「Mistaken Memories of Mediaeval Manhattan(中世マンハッタンの誤った記憶)」は1980年 から1981年にニューヨークで撮影され、「2 Fifth Avenue(五番街二番地)」と「White Fence(白いフェ ンス)」のような初期映像に発展した。

「2 Fifth Avenue(五 番街二番地)」は、ニューヨークのラ・ガーディア空港のマリン・エア・ターミナルなど、アメリカ各地で展示された。また「White Fence(白いフェンス)」も、ニューヨーク中央駅で一時的に展示された。これらの映像は、通過する場所(空港や鉄道駅な ど)のためにデザインされており、「音楽とは違い、考え方や感覚の集中レベルに焦点を当てているテレビ画面の限界に、どのように対応するのか?」「どのよ うなイメージならば、通常関連付けられる時間と注目を前提としないか?」(訳者注:「どんなイメージなら、通過する場所に設置しても、人々の注目を集めた り目立ったりしないか、如何に周りに溶け込むか?」)
というような疑問から生まれたのです。

同時期に同様の考えが、イーノを物語的構造を持たないインストゥルメンタル音楽の実験に駆 り立てたのである。彼の最初の「環境(アンビエント)」アルバムである「Music for Airport」 は、環境内の雰囲気あるいは色合いを作る音楽のコンセプトを描いたエッセイとともに1978年に発 表されたが、それは「聞き手に強要することなく、様々な聞き手の集中レベルに対応することができ」また「興味を抱けるのと同じく、無視できるもの」であっ た。

「Mistaken Memories of Mediaeval Manhattan」のサウンドトラック用に、イーノは「Music for Airports」と、後にリリースされた「On Land」から曲 を選んだ。「最初のほうのほとんどの曲は「On Land」からですが、その多くはこれらの作品の ために、作られたものです。

1984 年4月、 イーノは自分の友人であるクリスティン・アリシノを題材にした7つのビデオである「Thursday Afternoon」を撮影した。イーノのそれまでの作品は、イーノ自身が内容を干渉することはほとんどなかった。「以前は 自分が見て、気に入った連続するセクションを選択していましたが、セクションの内容を編集することはありませんでした。」しかし、「Thursday Afternoon」は印象主義的ビデオペインティングのアイデアの探求を目的に、スピード変化、ひずみ、あるいは他のエ フェクト加工を施せるビデオフィルムを使い、注意深く構成されている。

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「この作品は、現在の最も興味深い、ビデオに対する挑戦への回答を表しています。レコード が繰り返し聞かれるのと同じように、どうすれば何度も繰り返し観られる作品を作れるのだろうか?ビデオ制作会社は、この課題についてほとんど成功していな いような気がします。彼らの作品は映画やテレビという美学的思想の枠組内に捉えられているのに(何度も視聴されないことを前提とした美学的思想)、テープ やディスクなど、明らかに複数回の視聴を目的としたフォーマットに包装され、棚に並べられているのです。」

「不幸な事に、映画遺産的思考は、ビデオテープやディスクを複数回視聴することを好ましく ないとしているようです。映画遺産的思考は、頻繁なシーンチェンジや高速編集、そして脚本の物語的展開によるインパクトやドラマチックな展開に大きく依存 しています。結果として、何度も見る事で、驚くという我々の機能が失せ、このインパクトが陳腐化していくのです。この問題への通常の対応策は、もっと沢山 のシーンチェンジを取り入れ、より高速で編集し、より変わったカメラアングルと、よりエキゾチックなスペシャルエフェクトを網羅する事です。手短に言え ば、より多くのサプライズを導入する、ということでしょう。見慣れるにつれ、作品への興味が減退することは避けられませんが、それをなんとか遅らせたいと 熱望しているのです。」

「ビデオが映画やテレビの延長だと考えられている限り、増長したヒステリーと異国情緒がそ の行き着く先でしょう。我々のテレビ視聴者としてのバックグラウンドにより、我々は、スクリーン上で起こっていることのドラマチックな展開と、一時的な場 面の展開を期待するようになり、それによって視聴者とスクリーンの間の強固な関係を更に強いものにしたのです。視聴者がじっと座り、画面が動く、とい う…。私は、このような関係を必ずしも提案しない作品タイプに興味を持ちました。視聴者はまるで絵画を見るようにしばらくそれを鑑賞し遠ざかるというよう に、より状態が安定したイメージがベースになった作品です。作品がそこにじっとしていて、あなたの方が動くのです。」

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感想
今は夜中の四時。。。レンダリングを待つ時間で、ぼんやりした頭で書くので、ピントがずれ ているかも知れませんが、僕の感想というか、そんなものを書いておきます。


イーノの時代といってもほんの30年 前、テレビはまだ「スクリーン上で起こっていることのドラマチックな展開と、一時的な場面の展開を期待」する時代だったんですね。そんな時代にテレビを 「物語を伝えるメディアとしてではなく、視覚メディアとして」捉えることで、映像の新しい可能性に気づき、アンビエントな映像作品を作った。絵画として見 せることで、視聴者とスクリーンの間の関係(視聴者がじっと座り、画面が動く)をリフレッシュさせた。

かたや現代、インターネットが現れ、携帯電話が普及し、液晶のモニタが発明され、映像を取 り巻く環境はずいぶん変わりました。「視聴者がじっと座り、画面が動く」スタイルも少なからず変化してきています。この前、みんなでテレビを語った時の印 象では、テレビ自体がアンビエント化している!?と思えました。

情報化社会、多種多様な主張が溢れかえる世の中で育った人にとって、主張があることは当然 であり、通り一辺倒に主張し続けてくれるテレビは逆に落ち着くのでしょうか。

テレビにおいては、視聴者とスクリーンの関係が、イーノの時代とは逆転してきてるんじゃな いかと、読んでいて思いました。

じっと座って、映像を見るという関係を提案しない作品をと考えたイーノ。
環境の一部として見られている映像を、もっと考えながら見て欲しいと思っているTAVL。
その両者が行き着いた作品が、絵画として映像を見せるという方法で一致しているってのが、 おもしろいなあ。


思惑は違えど、視聴者とスクリーンの関係をリフレッシュさせたいという部分は一緒なわけで す。今回、どんな映像を額入りディスプレイに写すか、まだ決まっていませんが、Calm Tecnologyで 考えるならイーノの作品はとても参考になると思います。「どんなイメージなら、通過する場所に設置しても、人々の注目を集めたり目立ったりしないか、如何 に周りに溶け込むか?」、これに答える作品を作ってくれたわけですから。


ただ、僕としては、やさしいハッカーがハッキングしたくなる要素も入れたいし、いずれは額 入りディスプレイでライブ音楽とセッションでVJもしたい。この辺の要素を、どのくらいのバランス で混ぜていくか難しいところです。

でも最初の頃に比べたら、だいぶ作品の輪郭が出来てきた!春休みに入ってしまいましたが、 集まれる人は集まって、一緒に作品を生み出す苦しみを楽しみましょー。