三重のおじいちゃん

2009.01.13.

記憶から作品へ

*以下、藤さんの回想録より。「僕」は藤さんとしてお読みください。

 

僕が中学生の頃の話。僕は台湾に住んでいました。

三重に住んでいたおじいちゃんが入院したというので、一時帰国して母親と妹と3人で病院へお見舞いに行きました。

おじいちゃんはもう惚けていて、しゃべることも出来ない状態でした。おじいちゃんはタバコが好きだったのですが、タバコがのめなくなって可哀想だとおばあちゃんが言っていました。

 

その病院で見た風景が、ビシっと記憶に残っていて、それを見ていた中学生の僕も、「うわっなんだこれ、なんかすごいな」と思った事を覚えています。

前後関係は忘れちゃったんだけど、それは病院の薄暗い廊下で椅子に座っているときに見た風景でした。

 

椅子の前には机が置いてあって、その机には赤ちゃん用のおもちゃが置いてありました。そのおもちゃはたぶん病院にいる老人用だと、中学生の僕は思いました。おじいちゃんの事もあってか、その赤ちゃん用のおもちゃが病院の机の上にぽつんと置いてあるのがすごく哀しい感じがしました。

 

その椅子の斜め前には窓があって、外が見えます。外は僕の視線に沿って道路が延びています。つまり奥へ向かって道が延びている。

そして、その日は小雨が降っていて、外の景色はどんよりとしていて、グレーな感じでした。人通りもありません。

 

椅子に座っている僕は、その窓越しに外を眺めていたんですが、視界の端にはそのおもちゃも見えています。

惚けてしまったおじいちゃん。薄暗い病院の廊下。おもちゃ。色のない景色。小雨。

その時、窓越しに見える道に、小さな女の子が二人出てきました。小学校からの帰りだと思います。赤いランドセルをしょって、黄色い傘をクルクル回しながら、手前から奥へトコトコ歩いていきます。

 

そのときに、「なんかすごい!」と思ったんです。笑うセールスマンにドーン!!!ってやられたみたいに。

なんでそう思ったのかよく判らないんですが、その景色が写真のような静止画ではなくて映像として記憶に残っています。

その記憶を再現してみて、それが果たして作品になるのかどうか。